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インタビュー:Kiko(アカウント・マネージャー)

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テニス少女としての決断

私は「千葉生まれ、千葉生育ち」です。アクティブ・コネクターのメンバーからはよくなぜ東京に出てこないのかと笑われるのですが、一人暮らしを始めた今でも千葉に住み続けています。近いとはいえ東京から千葉に戻った瞬間に、帰ってきた〜と違う空気感にほっとします。

そんな千葉への愛着がある私ですが、私のアイデンティティはそんな生まれ育った地元で始めたテニスをきっかけに始まっているように思います。小学校三年生の時、母親の影響で硬式テニスをはじめました。そこからテニスが大好きになり、とにかく硬式テニスをずっと続けたいと思っていました。しかし、私の住んでいた学区にある公立の中学校では硬式テニスができなかったため、中学受験を自ら希望しました。

希望していたように硬式テニス部がある私立の中学に合格し、そこからはとにかく部活三昧。遊ぶ暇すらもったいないという感じで、夏休みも真っ黒に日焼けするまで練習していました。とにかくテニスをしていた思い出しかないくらい部活に明け暮れていました。もちろん高校に入ってもテニスを続けていきました。

世界との出会い

テニスだけだったら私は今アクティブ・コネクターにいないかもしれないのですが、世界への関心をもった話もしたいと思います。私が初めて世界に目を向けるようになったのは、小学校五年生の時です。その時のクラスの担任の先生が世界に関心が強い先生でした。担任の先生はアフリカの少年兵のこと、貧しい国の子供たちが学校に行けないことなど、世界中の国の全く違う環境に生まれた子供たちのことを映像や本を通して伝えてくれました。自分の生きてきた「常識」「当たり前」とは全然違う世界に、同い年の子達が生きている。その事実にとにかく衝撃を受けました。とてもショックでした。でもそれと同時に「世界を変えなければ」という使命感を強く抱くようになりました。

何か世界のためにしたい!そういう思いをずっと持ち続けていました。国際協力への興味がさらに強まったのは、高校生の時でした。私は学校の中で「国際コース」といわれるコースを選択しました。高校の3年間で、海外出身の先生と多く接したり、留学生と交流するという機会がたくさんありました。日本での国際交流だけでなく、とにかく海外に行ってみたい憧れのような気持ちも持っていたところ、オーストラリアにホームステイに行くこともできました。多感な高校時代にどんどん自分の世界が広がっていくのを感じていました。

国際コースというだけに、周りのクラスメートも将来国際関係の仕事に就きたいと考える人が多かったです。そんな周りの人たちからの刺激も受けながら、私の国際協力関係の仕事への興味はますます強まっていきました。

ベトナムでの教育支援活動と長期留学

「国際関係の勉強がしたい」そういった思いに突き動かされて、大学では国際学部に進学しました。当時、将来になりたい職業という形でははっきりとは見えていませんでしたが、「世界で活躍できる人になりたい」という気持ちだけはとにかく明確でした。

大学では学生主体のNPOに入り、ベトナムの教育支援活動に取り組みました。そこからはとにかくベトナムにどっぷりと浸かり、年に2回、春休みと夏休みに1ヶ月ずつベトナムへ行っていました。現地の同年代の学生たちと協力しながら、農村地域で活動していました。英語や理科実験のクラスを開講したり、貧困家庭への助成金をだしたりしていました。今まで自分が想像していただけの国際協力というのに、実際に関わっていくことはとても刺激的でした。

また、日本を出て学んでみたい、真新しい場所に身を置きたいという思いがあって、学内の選考に合格し、大学4年目にアメリカ・メリーランド州に交換留学に行きました。アメリカでの10ヶ月は、いろいろと大変なこともありましたが、とても楽しい毎日でした。そして帰ってきたら就職活動の現実に直面しました。

就職活動って?

就職活動でも国際協力関係に進みたいという思いはもちろんありました。でも実際に国際協力で働くってどんな場所があるのか。イメージがぼんやりとしかなかった私は、始めNPOで一緒に活動していた先輩の影響から、インフラ系の会社を見ていました。大半の国際協力の場所では新卒なら専門性として最低でも修士、博士号が必要とされる中で、当時の自分が進学をせずに挑戦できる場は限られていると感じたからです。インフラ系の会社に入社して、海外の水事業・道路整備に関わる総合職を目指していけば、将来的に国際協力にかかわっていける可能性がある、そんな希望から国際協力の一つのステップとして会社に応募をし始めてみました。

しかしいざ面接に行ってみると、全員が海外に行けるわけではないこと、希望の職種に就けるわけではないことがわかりました。全く違う仕事になる可能性もある中で何のためにその会社に入ろうとしているのか、わからなくなりました。最終面接で「もし弊社から内定が出たら就職活動はどうしますか」と聞かれ、正直に「わかりません。続けるかもしれません。」と模範解答ではないことを言ったのをよく覚えています。適性か私のモチベーションの問題か、結局、内定も出なかったので私は細々と就職活動を続行しました。

アクティブ・コネクターのメンバーに

私がアクティブ・コネクターを見つけたのは、インターネットでした。

実は、アクティブ・コネクターを知る前に、同じような業務をしているベンチャー企業に面接に行きました。マンションの一室をオフィスとして、正社員2名と数名のスタッフが運営する、まさにスタートアップ企業でした。そことはご縁がなかったのですが、そことの出会いから、半ば1社目なんてどこに入っても何かしらは経験になるだろう、と割り切ろうとしていた気持ちが消え、ちゃんと自分でわくわくする選択肢を選ぼうと思うようになりました。

そんな中、インターネットで検索していたところアクティブ・コネクターを知りました。

当時のアクティブ・コネクターのサイトには、CEOの麻美さんと、アカウント・マネージャーのまささんのプロフィールが掲載されていて、二人のインタビュー記事を見たときに、「ここだ!!」と確信しました。国連やJICAで活躍していた経験や、「世界をより良い場所にしたい」という会社としての強い意志が感じられ、私は応募を決意しました。

ウェブサイトをみると応募要項には、中途の求人のみ。新卒で就職活動をしていた私にはチャンスがないのかな、と思ったのですが、連絡せずにはいられずメールで履歴書と志望動機を送ったところ、インターンシップでなら、ということで後々採用をしてもらうことになりました。インターンを始めたときには大学を卒業する月になっていましたが、不安や気後れはほとんどありませんでした。それ以上に、自分を突き動かすものがあり、先のことは考えずにまずはここで精一杯挑戦してみよう、そう思いながら毎日楽しく働いていました。

インターンとして3ヶ月間の営業活動をしました。初めての営業活動です。いろいろと知らないことだらけでしたが、思いが通じて、正社員として雇っていただくことになりました。あの時とにかくアクティブ・コネクターに連絡して門を叩き、本当によかったと思っています。今はアカウント・マネージャーとして働いています。

私がアクティブ・コネクターで働く中で感じる会社の魅力は、「社会をいい方向にかえていきたいというビジョンの色が濃い・強い会社」です。この共通する目標を常にメンバー同士で確認しあいながら、目標達成に向けて、メンバーのひとりひとりのアイデアや売り上げが会社を支えていることを、肌身で感じることができます。

今後の目標

今の私の目標は、一人でも多くの外国人留学生と一社でも多くのベンチャー企業のマッチングを実現すること。それが私のポジションの役割であるというのと、実際に誰かの「はたらく」を形にしていかないと意味がないからです。いろいろな理想を言ったり、提言をするだけは誰でもできるかもしれません。でも、一人の人生、一社の将来への責任を担って自分がマッチングをしていくということから、生まれていく社会の変化に携わりたいです。

また私はマーケティングも任されています。私のマーケティングでの自分のミッションは、マーケティング活動を通じて日本人の外国人に対するイメージを変えていくこと。こういう仕事をしていると、未だに多くの人が「外国人って○○でしょ」といういろいろな偏見を持っているという現実に直面います。

様々なバックグラウドを持つ異文化で育ってきた個人をポジティブに発信することで、色々な人たちがいることの面白さを知ってもらうきっかけを作って行きたいのです。そして、閉鎖的な面を持つ日本社会を、あたり前に人々を受け入れられる社会へと少しずつ変えていきたいと考えています。

 

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