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インタビュー:Midori (マーケティング&戦略)

トトロのような世界から、文通を通じた世界へ

私は福島県のいわき市で生まれ育ちました。私の子供時代の環境を振り返ってみると、「となりのトトロ」に出てくるような、そんなとにかく自然豊かな環境です。友達と小山の中を分入って基地を作ったり、夏は時間を見つけては海に泳ぎに行ったり。海も山もある、思えばとても素敵な恵まれた環境だったと思います。

そんな私がはじめて海外に興味を持ったのは、小学校高学年のころでした。SNSがこんなに発達していない時代。海外の人とつながる手段として文通が主流だったんですが、当時、中学生だった姉が海外の人ととても楽しそうに文通をしていました。その姉の様子をみているうちに「私も文通したい!」という思いが生まれました。願いが叶って、中学に入ってすぐに、カナダの子と文通を始められました。一生懸命辞書をひいて英語でお手紙を書いて、海のはるか彼方から届く英語の手紙を読んだり。カナダからのお手紙がくるたびにワクワクしていたのを当時のことのように思い出します。文通を通じて、世界には自分とは違う世界、日常を生きている人がいる、ということを実感しました。

英語が通じる喜び

世界を自分の目で見てみたい!という思いが強く、高校生のときに親を説得して一人で海外旅行に行きました。とはいっても、いきなりバックパッカーというのはやはり難しく、大手旅行会社主催のツアーで、アメリカの複数都市を数週間で周るというものでした。初めての日本以外の場所は、みるもの、きくもの、全てがとても新鮮でした。いろいろと楽しいことはたくさんありましたが、何よりも買い物で現地のアメリカ人と英語で会話する、それ自体がとっても楽しかったです。それまで勉強しているだけだった英語が、実際に通じている!その事実に喜びと驚きを覚えました。

英語があれば、世界中のいろいろな人とコミュニケーションがとれる!英語がますます好きになり、大学は国際関係学部に行きました。大学在学中は、ロサンゼルスに住んでいた姉のところに何度か遊びにいったり、3ヶ月ほど語学留学をしました。また、当時はバックパッカーが流行っていたこともあり、私も休みを利用してちょくちょく遊びに行ったり、友達とヨーロッパ数カ国を訪れたこともあります。

国際関係の道で進んでいきたいという思いがあり、私は就職活動をせずに大学院に進みました。世界のために何かしたい、という思いに突き動かされ、大学院では途上国開発の研究をしました。ゼミ仲間はみな、社会人として、実際に現地で発展途上国開発の仕事をした経験がある方々で、彼らのリアルな話は私にとってとても刺激的でした。国際開発の仕事にとてもやりがいや魅力を感じると同時に、いろいろな話を聞くと心身ともかなりハードだという事に気がつき、理想だけではだめだという現実に気づかされました。自分の本当の情熱は何か、自分らしい生き方は何か、ということを突き詰めて考えるようになりました。

発展途上国支援から貿易、そして子育てまで

大学院を卒業して最初の就職先は 日本にある、JICE というところです。JICE (一般財団法人日本国際協力センター) では、資料をもとに特定の国や地域の近況をまとめたり、統計をとり、 JICA のメンバーが閲覧するシステムにアップするという仕事をしていました。今まで自分が専門としてきた国際関係の知識も生かしながら日本で国際協力に関わりました。人の出入りがあり、自由な環境だったJICEでは人間関係を学ぶことが多かったです。働くっていうのは、単純に取り組む仕事だけでなく、一緒に取り組む「人」も重要だな、とそんな風に感じてた数年間でした。

その後は、国際関係以外の世界も見てみたいという思いから貿易関係の仕事に転職しました。ビジネス面での海外とのやりとりは、とてもやりがいがありました。海外の人とコミュニケーションでは、仕事に対する考え方の違いを感じることも多く、日本人だったら当たり前と思うことが、海外の人には通用しないんだ!といろいろなところで驚きはありました。海外の人とのビジネスでのやりとりは大変でしたが、そんな苦労を経て、いい製品が日本に届いた時には、とても達成感を感じる、そんな仕事でした。その会社は20名弱しか在中していないこともあり、ありとあらゆる業務を担当しました。販売・事務・イベント企画・顧客とのやりとりで商品開発・マーケティング・売上予測で輸入量の決定・雑誌のページを作るのにどうしたらいいか、分析をしながらよりよくしていくのはとても楽しかったです。IMG_3482

アカウントマネージャーチームのMasaと戦略会議をするMidoriさん

前職での実務経験を活かし、さらにそのスキルを伸ばしたいと思うようになり、大手の商社に転職し貿易事務アシスタントをしていたのですが、妊娠を機に退職しました。それまでキャリアを突き詰めてきた私なのですが、出産後はせっかくの機会だから子育てに思い切り向き合ってみよう、と思い子育てに専念をしました。子供と向き合う毎日は仕事とは違う楽しさと難しさがあり、充実した時間でした。今当時に戻ったとしても、絶対に同じ決断をしていると思います。

働くママからみるアクティブ・コネクター

私は二人の子どもを出産して育てました。子どもの年齢が離れているというのもあり、子育てに専念した期間は比較的長い方かもしれません。下の子供が小学校に入学したことをきっかけに、私は就職活動を始めました。自分がやりきろう!と思っていた子育ても自分の中で満足に取り組め切れたという思いがあったのと、自分の時間も増えてくるタイミングだったためです。

しかし、子育てをしながら働くのに優しい環境の職場というのはまだまだ少なく、自分にあう会社を見つけるのには苦労をしました。私の理想の場所は、子育てと仕事をうまくバランスがとれるようなところです。子どもが帰ってくるころには家にいて、子どもの習い事には付き合う、そういうライフスタイルをしていくために私は職場復帰で希望している働き方は時短でした。

IMG_3470働くママ3人と弊社CHO(現在生後7ヶ月)

また子どもの面倒、家事も考えると、勤務地がある程度近くて、子供が急に熱を出したときは休んんだり早退できる環境。そして私個人として求める条件は、海外の人とやりとりできる会社、今までの経験を活かせる業務内容でした。

何社か面接をした上でアクティブ・コネクターに入社を決めた理由は、「人」でした。あつい想いをもつ若い人たちと働いたら、刺激的で楽しそうだな、と思いました。

実際に働き始めて感じるのは、チームワークのよさです。みんなが協力して社会を変えていこうという雰囲気があり、エネルギーがあるところがアクティブ・コネクターの一番の魅力だと思います。近い未来、自分が一緒にチームのみんなとよくなっていく社会にガッツポーズをしている、そんな様子が目に浮かびます。

今の私の業務内容はマーケティングがメインです。私が入った時に入れ始めた新しいシステムを試行錯誤しながら駆使して、今はいろいろと作り上げています。最終的にアクティブ・コネクターの強み・弱みをデータから割り出し、今後の会社の成長のために必要な戦略を提案していきたいと思っています。まだまだ私の新しい挑戦も、会社の挑戦も始まったばかりです。これから色々な人が想像していること以上の面白いことをどんどん実現していきたいと思います。

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「異人・変人と変革を」

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