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インタビュー:Takuya (アカウントマネージャー)

泥んこまみれになって裸足で駆け回る幼少期

私はいわゆる「東京生まれ、東京育ち」です。私は東京都町田市で幼少期を過ごしました。東京育ちというとコンクリートに囲まれた中で子供が家の中で静かに遊んでいる、というイメージがある人もいるかもしれませんが、私の幼少時代はかなりワイルドでした。小学生のころはとにかく毎日外で日が暮れるまで遊びまわっていて、しょっちゅう傷だらけです。大人になった私の印象からはあまり想像できないといういう人もいるかもしれません。

子供の頃の思い出はとにかく楽しいことばかりです。一番印象に残っている遊びは「雨の日にやる儀式」です。儀式というからには結構本格的なんです。六芒星を書いて歌を歌い、雨が止まるようにお願いする自分で考えたオリジナルの遊びなんです。雨が降るといつもやっていました。この儀式もそうなんですが、私は昔から新しい遊びを自分で考えるのが大好きでした。

また、目立ちたがり屋の一面もありました。例えば、歌の授業があれば、ただ歌うだけではつまらない。歌にあわせて振り付けまで考えて一人でみんなの前で発表したりしました。そういう自分の行動に、クラスメイトが面白い!と言ってくれることにとびきりの喜びを感じる、そんな子供だったんです。このようなことが影響してか、「変わり者」と言われることが多くなりました。自分にとっては、変わり者という呼ばれ方は、勲章のようなものでもありましたね。

「ザ・東京の子供」の生活に馴染めない中で自分を見つける

とにかくのびのびと好きなことをして過ごしていた小学校時代でしたが、それに変化が起きたのは6年生の時でした。東京のど真ん中、高田馬場へ引っ越すことになったのです。高田馬場の生活はまさに絵に描いたような「東京の子供」の生活。転校先のクラスメートはテレビゲームばかりしていました。それまで裸足で鬼ごっこをしたり、泥まみれになって遊んだり、木登りをしていた私には、とても馴染めず、寂しさであふれていました。自分らしくあれる場所はどこだ、と探していました。

その頃に出会ったのが卓球でした。小さい頃に自分で遊びを考えるのが大好きだったように、卓球でも自分で新しいい技を考えていました。卓球って本当に自分のオリジナリティをいろいろな技に出せるんですよ!かなりのめり込み、小さな大会で優勝したこともありました。

高校は私服OK、髪染めOKという自由な校風な学校でした。白髪にして軽音部に所属して思い切り全身で自由をアピールしているような友人もいたのですが、私服で髪染めOKなのですが私は真面目に制服ばかり着て、もちろん黒髪のままでした。私自身、自分の見た目で人と違うことをしたいという欲求はあまりなかったんです。それよりも自分らしくあれることといえば、とにかく自分のアイディアを形にすること。高校時代で楽しかったことを思い出すと、中学から続けていた卓球、友達と立ち上げたフットサル同好会、そして文化祭の企画・運営などがあります。

小学校から高校まで、一貫して好きだったのは、「新しいものを創ること」です。あとは、一人でやっているだけではつまらなくて、「人と関わること」、これも自分がワクワクすることでしたね。

「働くをもっと楽しく!」そんな仕組みをつくる仕事をしてみたい

就活中は「仕組みをつくる仕事をしてみたい」という大きな夢がありました。しかし、それと同時に、働くことに対する恐怖心がありました。大学で社会学や心理学の講義を受けていたことから、仕事が原因で鬱になる人がたくさんいることを知っていたからです。仕事=人をネガティブな状況に陥れてしまうリスクをはらんだもの、と感じていました。だからこそ、私は仕事、働くことをもっとポジティブなものに変えたいと思うようになりました。

どうすれば働くことをもっとポジティブなものに改革できるかと考えて、その思いが実現できる就職先を探していました。いろいろと考えた末、情報システムを使えば働くことがポジティブになる改革につながるのではないかと思いつき、IT業界に入りました。そこで4年間法人営業をしていたのですが、その組織はトップ・ダウンで、新しいことを全くといっていいほどしていませんでした。ただ伝統に従い、トラブルカットと売り上げ目指し、毎日の業務をこなすだけだったのです。働くことをポジティブにしたいと願って入ったのに、実際に自分自身が働くということにポジティブな思いを持てずにいたという皮肉な状況になってしまっていました。

IMG_3471-1東証一部上場企業から飛び込んだ先のオフィスは、IKEAのダイニングテーブルを机にする私たちのオフィス!

海外に飛び立って見えてきた新しい世界

職場での厳しいルールの中で息苦しさを感じていた時に、あるイベントに参加しました。そこで台湾出身の方に出会いました。その方と話す中で、自分が職場という狭い世界でいろいろと考えたり感じたりしてばかりいたことがいかにもったいないかと気づきました。見渡せばもっと広い面白い世界がたくさんある!そう台湾出身の方に気づかされて、海外に興味を持つようになりました。

「思い立ったら即行動!」という私は、その台湾出身の方に出会った翌週にはパスポートを握りしめて、何も計画せずに台湾に飛び立ちました。未知の世界との出会いに身体中の細胞が喜んでいるという感じがしましたね。少し大げさに聞こえるかもしれませんが。それから仕事での閉塞感から逃げたいという思いと、そして新しい世界をもっと見てみたいという思いから、いろいろな国に飛び込んでいきました。バックパッカーとしてインドにも行ったんですよ。

世界を旅すると、日本の当たり前が世界では通用しないということに目の当たりにします。また、日本ではあまり貧富の差というのをそこまで肌で感じませんが、海外にいくと貧しい子供たちが劣悪な環境のなかで働いている様子すら日常にありました。海外を旅することで、自分の中での世界観ががらりと変わっていきました。

ちょうど同じ頃、海外への関心が高まったため、英語学習をかねて、アプリを使って世界中の人と話すようになりました。お話ししていた人の中で、日本語のできる日本好きな方がいました。その人とはかなり打ち解けて、日本についての彼女の思いをたくさん聞くことができました。とても日本が好きなようだったので私は何とはなく「日本で働いてみたらどう?」と提案してみました。日本が大好きだったら、日本で働いて生活してみたいと思っていると思ったんです。でも意外なことにその彼女の回答は、「日本の長時間労働には耐えられないから、日本では働きたくないんだ」とのこと。ショックでしたね。せっかく日本を好きだと言ってくれているのに、日本の働くということへの悪評は本当にあるんだな、と。

このような経験から、海外の人がもつ日本企業のイメージ改革をしたくて、人材業界の仕事や、グローバル関係の仕事に興味を抱き始めました。

アクティブ・コネクターの一員として何ができるか

転職活動に励む中でアクティブ・コネクターを知ったときは、すぐに転職を決意しました。ここが自分の思いを実現できる場所だ!と確信したんです。オファーをもらった時は、これから自分のミッションを実現できるととてもワクワクしました。前職は一部上場の大きな会社で安定していたというのもあり、まだ設立5年で社員が10人ちょっとのこのアクティブ・コネクターに入るということを決めたと伝えた時の周りの反応は、もちろんネガティブでしたね。リスクが大きすぎる。大変だ。そんな風に当然職場の人や親に止められました。でも、自分には明確な目標があったため、当時は不安よりもワクワク感のほうが強くて思い切り飛び込んできました。

アクティブ・コネクターで働き始めてからまだ日は浅いですが、異文化からの刺激や、会社やそれぞれのメンバーの「新しいことをしていこう!」という思いにワクワクします。みんなで一緒に新しいことを作り上げているというのは、高校時代の文化祭や新しく同窓会を立ち上げた時の楽しさを思い出す感じです。自分が働きたく仕方ないから働いている、そんな感じです。

新しいアイディアを形にしていくのが大好きで得意な私だからこそ、今のアクティブ・コネクターの活動をさらに面白くしていくことに貢献できる自信があります。今後の私の目標はコミュニティーをつくることです。アクティブ・コネクターと思いを共有するような、日本の働き方をより面白いものにしていこうという企業や関係者の方ともっと面白いことを仕掛けていきたいと思っています。まずは、ベンチャー企業の経営者や人事の方向けの支援イベント等を開催できれば面白いかなと思っています。私たちが関わる企業の方々同士の経験からお互いが学びあったり刺激を与えあっていく、そんな交流をアクティブ・コネクターが担うことができるようになりたい!そのように強く思いながら、今いろいろと計画をたてています。

 

takuya-san01アカウントマネージャーのDaichiと一緒に新規事業を作り込んでいるTakuya。チーム一の企画力で未来を切り開いていっています!

 

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「異人・変人と変革を」

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