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アクティブ・コネクター

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子連れ出勤の1年間から私が学んだこと、そしてこれから

2013年、日本にいる外国人留学生の個性や情熱がもっと生かされる働き方、就職の仕方を新たに作りたい!という思いに突き動かされ、会社経営・ビジネスの右も左もわからない状態で起業を決め、アクティブ・コネクターを設立しました。

出口が見えないような暗黒期を抜けて、時代の後押しと、そして幸運なまでの素晴らしいメンバーに出会うことで、私たちの会社、アクティブ・コネクターが軌道に乗り始めました。これからガンガン成長してもっと大きな社会へのインパクトを!と気合を入れてギアをかけようとしていた時です。そんな矢先に、私の妊娠が分かりました。

自分にとって妊娠・出産は、新しい会社を立ち上げるくらい、右も左もまたわからないこと。そんな中で私が、「子連れ出勤をする」という決断をして、会社経営と子育ての両輪を回すまでに至った経緯と、そこからの学びについて、今回シェアしたいと思います。

 

目次
・はじめに:なぜ私は子連れ出勤をはじめたのか
・子連れ出勤をスタートする上での準備
・子連れ出勤の1年間:こんな風に変わっていった
・一体私はここからどんな学びがあったのか
・そして、これから

 

はじめに:なぜ(そしてどんな風に)私は子連れ出勤をはじめたのか

私が子連れ出勤ーオフィスに子どもを連れてきてオフィスでみんなで一緒に育てるーという決断をした理由は、会社の状況から、私が育休をとれる状況になかったということがまず大前提としてあります。正直なことをいえば、初めての子育てなのでできれば子どもとじっくり向き合う時間を欲しかったという思いがあります。

 

もともと私自身は「幸せを絵に描いたような家庭」という環境で育ったわけではありません。私の母はシングルマザーとして、一生懸命働きながら私と妹二人を育ててきました。小さい頃から自分なりに、子育てとは何か、家庭とは何かというのを色々と考えてきた中で、自分なりの理想とする「母としての在り方」「子育て」というのが漠然とありました。これは本当に私自身の個人的な考え・信条以上の何者でもありません。

 

周りの女性経営者は、保活をテキバキやって生後すぐに預けることも「決めの問題!」とサバサバやっていましたが、自分の生まれ育った家庭背景や色々な思いから、私個人としてはどうしても保育園に預けて経営に専念というアイディアにワクワクできませんでした。ワクワクできないどころか、悲しさでいっぱいになりました。自分が信じるビジョン・思いを貫くために起業をしたのに、子育てについては自分の思いや信念を押さえ込んで自分が犠牲を払わなければいけないのか。。。そんな風に子育ても会社経営もマイナスな気持ちを持ってしまうのであれば、子どもを会社に連れてきて、子どものそばで会社経営をするということを試してみてはどうだろうか!ということで、私の子連れ出勤はスタートしました。

 

子連れ出勤をスタートする上での準備

 

子どもをオフィスに連れてくる、と決めても、全くそれがどういうものか想像ができないところからスタートしました。大きな会社で企業内保育所を設置しているところはよく聞きます。でも私たちの会社は社員が13名前後で、決してそんなレベルのものを作れる訳ではない。そこで同じような形で既に前例を気づいている先輩の女性経営者の株式会社マミーゴーの荻野さんにお話に聞きに行きました。荻野さんは自らのオフィスで子供を育てるスペースを作り出し、今は3人のお子様の子育てをしながら、バリバリと活躍されています。彼女に色々と話を聞いたり、大学院時代の教育学の知識をフル動員し、自分なりの子連れ出勤の可能性を模索しました。

 

社内に子供を連れてくるというと、ミーティングルームで子どもが戯れていたりするのを想像するかもしれませんが(もちろんそういう時も多々あります)、私の実践している子連れ出勤では、ベビールームありきです。ベビールームを作り、子どもの安心できるスペースを確保すること、授乳を落ち着いてできるスペースがあること、ということは自分が子どもを連れてオフィスに来る上で重要だと考えました。

ベビールームの設置の金額は決して安くはなかったものの、もしもそこで子どもを育てなくなってもミーティングルームとしても活用できるような、そこそこおしゃれな、また広さも十分な部屋を作り上げました。

 

子連れ出勤の1年間:こんなに風に変わっていった

一言で子連れ出勤をしてきた、というのは簡単なのですが、私のこの1年間は毎日同じ日が本当にないのでは、というくらいめまぐるしく変化していきました。子どもが毎日成長しているので当たり前かもしれませんが。

私の子連れ出勤の1年間を振り返ってみたいと思います。

 

2017年11月(新生児) 出産&出産した病室でPCを持ち込んで仕事開始。出産日までに間に合わせたかったWebローンチが遅れて病室で隙間時間を見つけて作業をしていました。

IMG_4075生後3日くらいの時に病室に子どもに挨拶に来てくれたチームメンバーのみんな

2017年中(生後1ヶ月) 子どものペースについていくのに必死。子どもを抱えながらは仕事ができないということがわかり、子どもを抱っこしていても両手があく神アイテムで仕事をしはじめました。

 

 2018年1月4日(生後2ヶ月) 忘れもしない、子連れ出勤の初日です!子どもをベビーラップでコアラのように抱えながら仕事をするスタイルが定着。生まれた後の子どもはひたすら寝ているだけなので、仕事が捗り、なぜみんな子連れ出勤をしないのか疑問に思うほど。ベビールームで3時間に1回授乳をしたり、子どものおしめを替えながらメンバーとミーティングをしたり。

IMG_1469とにかく子どもが少しでも遊んでくれる時間があればという思いから必死になっている様子が見える部屋。今はもっと進化してます。

2018年3月(生後4ヶ月)子どもの起きている時間が少しずつ長くなってきていく中で泣き声も気になったりするため、在宅勤務の日数を増やして対応。日中できないところは、夜カバーすることでなんとか対応。

IMG_5457インターンの大学生の男の子と対面する様子

2018年4月(生後5ヶ月) 自ら手を動かせる範囲に限界がきたため、私の右腕になる学生インターンを採用。彼女とタッグを組んで、私の考えを彼女に実際に行動に落としてもらう、というスタイルができないかを試行錯誤。子どもはまだ比較的静かで動かないため、外部の人との打ち合わせにも、子どもを連れて参加。

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*お世話になっているクライアント企業のDG Takanoの高野社長に抱っこしてもらう息子の様子

 

2018年5月(生後6ヶ月) 子どもの起きている時間が長くなってきたことと、もっと自ら手を動かしたい!という思いがあり、いろいろな葛藤があったものの、ベビーシッター派遣会社にお願いして、毎日午後だけオフィスにベビーシッターさんに来てもらい始める。

 

2018年7月(生後8ヶ月) 派遣会社からのベビーシッターさんでは、なかなか自分の理想を共有する人に毎回会えるわけではないという問題に直面し、覚悟を決めて、アクティブ・コネクター自らが広報をして、ベビーシッターの選抜、採用をしはじめる。スクリーニング・信用保証が入っていないベビーシッターさんを採用することに、不安でノイローゼになりそうな時もあったものの、素敵な幼児教育の専門の方々への巡り合う幸運に恵まれる。午前中は子どもが寝ていることが多いので、午後だけをベビーシッターさんの人に対応してもらうパターンが確立。

 

2018年8月(生後9ヶ月) 子どもが朝起きている時間が多くなってきたこと、今後の可能性を探るために、午前中に幼児教育関係の場所を午前中に子どもと一緒に見学・訪問する。合計20箇所強の幼児教育の現状を確認、ヒアリング。子どもと一緒だからこそできるビジネス準備。

 

2018年9月(生後10ヶ月) 子どもをおんぶすればすぐに寝付いてくれて仕事ができるということに気づき、私のおんぶ姿がオフィスで定着。アクティブ・コネクターは社内公用語なため、子どもへの早期英語教育ということで割り切る。また背中越しに私の働く姿を学ぶインターンシップだと割り切る。

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2018年10月(生後11月) 子どもの午前中の起きている時間が多くなりおんぶ勤務も限界がきたため、午前もベビーシッターさんにお願いし始める。午前ベビーシッターさん、お昼の時間は私が子どもと一緒にランチ&授乳、そして午後はまたベビーシッターさんにバトンタッチ。という形で実施。出産前ほどではないものの、仕事のペースが戻ってくる。とにかく仕事をいかに効率的にやるか、ということを研究しPDCAを回しながら自分なりの方法を編み出していく。

 

2018年11月(1歳) 子どもが歩けるようになったのを機に、やたら活動的になり、子どもの行動範囲が広がっていく。同時に、自分の会社経営の中でどのように育てていくのかビジョンが見えてきて、いろいろな方と意見交換をしながら、自分なりのビジョンを言語化し始める。

 

2019年1月(1歳2ヶ月) 自分の将来考える理想な形の子どもへの幼児教育のビジョン実現のため、トライアルワークショップを、友人家族と一緒に実施。子どもが他の年齢の子と一緒にいることはどういうことなのか、非日常的な空間を作った時の子どもの反応から、いろいろな可能性について気づく。

 

一体私はここからどんな学びがあったのか

改めて自分の子連れ出勤の1年間を振り返ってみて、とてもめまぐるしく、保育園に入れるという判断をするよりも非効率だったことがよく分かります。また保育園に入れていても色々な悩みはあると思いますが、子連れ出勤だからこその心労もありストレスと無縁だったとは言い難い毎日でした。

でも私は、その分、「異人・変人と変革を」というミッションを掲げるアクティブ・コネクターという会社の経営者として、かけがえのない学びを得て、それを今後の会社経営やビジネスの在り方を通じて社会に還元していけるという自信があります。

 

私の重要な学びは「一人一人が持つビジョンの実現のためにコミットすることの大切さ」ということです。

 

初めての出産・子育ての中で、メディアや知り合いからの「子育てとはこうあるべきだ」という様々な「常識」もしくは「期待」を、感じました。

 

母乳の方が子どもにとって幸せだ。

母親としての母性愛が出てきて当然だ。

子育ては尊いものでそれ以上のものはない。ましてや女性にとって。

 

そういった母親として、女性としての自分の肉体や精神に対しての「期待」に始まり、

 

はたらく親なら保育園に入れて当然

経営者なら、母親業よりも会社経営に専念して当たり前

 

子育てをする女性経営者への「期待」にも押しつぶされそうになりました。

もしもすべての期待にそのまま答えるなら、常識的な判断をしていくなら、その自分自身への決断にそこまでの罪悪感や不安はないかと思います。

 

私はあえて人が当たり前だ、というオプションをとらないと決めて子育てと会社経営の選択肢をとりました。

そんな時にいつも頭によぎるのが、今自分が決めることが本当に子どもの未来にとって、会社の未来にとって良いことなのか、ということです。一つの決断をとったら、子どもにとっても会社にとっても、もう一つの決断をした時にありえた未来は消えていきます。消えていく未来の可能性が「より良いもの」ではないのか、ということを考え始めると、「常識的な決断」をしていないがゆえに、自信が無くなったり不安な気持ちに苛まれます。

 

そんな色々な葛藤を経て、1年間で気づいたことは、会社経営においても子育てにおいても、色々な人からの「べき論」に潰されない、自分の、同時に会社としての確固たるビジョンが重要だということでした。そのビジョンの実現のために自分自身が「正しい!」と思える選択肢をしたのであれば、たとえその決断が「非常識」であっても、胸を張ってその決断に自信を持てば良いしそこからの結果に対しても自信を持って向き合えば良いということです。

 

これは私のこれからの会社を経営していく上でも、子育てをしていく上でも、今の時点で気づいて本当によかったと感じています。特にアクティブ・コネクターでは「異人・変人と変革を」ということで、一人一人が枠組みにとらわれない、自分の情熱・個性を追求したはたらきかたを応援することをしています。そういう会社の代表として、いかに人がどんな風に覚悟を持ってビジョンに向かって行動しているのか、ということが分かったこと、一人一人のビジョンが優劣なく個性として素晴らしいと気づいたことは、自分のこれからのステークホルダーとの関わりにおいて非常にポジティブな影響を及ぼしていく(実際に及ぼしている!)と感じています。

私はこの1年間の怒涛の子連れ出勤を経て、今まで以上に会社のビジョンと自分が一体化して、一人一人が持つビジョンの実現のためにコミットしていこう、という思いを持つことができました。

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そして、これから

 

自分自身の枠組みからも自由に

1年間自分は社会的な常識や人からの期待という「枠組み」から自由にやってきました。

しかし今の自分に改めて向き合うと、それがある意味「反骨精神」という凝り固まった、新たな自分自身が作り上げた枠組みになってきてしまっていることに気づきました。

枠組みから自由になろうとしてやってきたはずなのに、人と違うやり方にこだわりすぎる自分の枠組みにとらわれている、そんな状況です。

 

今は一旦そういった自分自身の枠組みを一つ一つ解体しながら、いつの間にか自分自身で作り出してしまっているコンフォートゾーンから、あえて抜けていくことにチャレンジをしていきたいと思います。もちろん、確固たるビジョンを持って。

 

会社、社会に貢献していく

正直なことをいうと、このような子連れ出勤という経験は他の人には積極的に勧めたくないとという思いを持つくらい、大変な思いの方が多い1年でした。具体的な苦労についてはこちらに記載しています。

そんな中、私が一つ強く感じていることは、この状況にあったからこそ気づいた学びを、子育てのみならず会社経営に、ひいては会社を通じて社会に貢献していかなければいけない、という責任感です。

私のこの1年間の子連れ出勤という実験は、多くの方の支えがなければなし得ないものでした。特に理解ある会社のチームのみんなには本当に感謝しています。これからは、私が確実な目に見える形で、会社に、そして社会に貢献していかなければと強く思っています。

特にこれから3年間で、様々な新規事業の創出を中心に、本当に社会に大きなインパクトを出していくために、文字通り必死にできることはすべてやりきりたいと思います。

私自身も、チームメンバーも3年後に振り返って「あの時に、松本が赤ちゃんをオフィスに1年間連れてきたことがあったから今があるね!」と楽しく話している様子を想像しています。そんな日が来るように、とにかく今は日々前進していきたいと思います。

 

 

 

 記事のお問い合わせはこちらまで:info@active-connector.com

 

松本麻美
松本麻美
「異人・変人と変革を」外国人ハイスキルエンジニアとベンチャー企業をつなげることで、一人一人が情熱を思い切り追求できる世界を創ることを目指すアクティブ・コネクターを2013年5月に創業。17歳で単身渡英。ウェールズの寄宿舎での2年間の生活、カナダでの大学生活を経て、就活やインターンに明け暮れる大学院生活を送ったのち外資金融に入社。311を機に退職をし、パキスタンに渡る。その後情熱に突き動かされるままに起業。

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