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グローバルスタンダードになっていく日本について

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グローバル人材採用及び日本企業のグローバル化の現状を最前線でみていらっしゃる専門家へのインタビューシリーズで、企業のブランド構築、経営戦略の立案としてご活躍されている高橋幸輝様に「 グローバルスタンダードになっていく日本について」というテーマでお話をお伺いしました。

グローバルスタンダードは選択肢ではない

日本はグローバルスタンダードを受け入れざるを得ない状況にあります。例えば、TPP、これは実は日本がグローバル人材に対して開国していく、ということにもつながっていきます。TPPを通じて、会計基準が平準化されるので海外の会計士や税理士が入ってくる、という流れです。薬事法も変われば医師も外国人になるかもしれません。

日本という国は、グローバル人材、外国人が日本ではたらく、ということについてはずっと閉鎖的でした。アメリカからすると、日米同盟というのを考えた時に、共通の制度をつくり、よりグローバル人材が日本ではたらきやすくする、というのはアジェンダの一つとしてあったのでしょう。

日本とアメリカの関係

日本とアメリカのつながりが、そこまでなのか、と一瞬私たちの感覚としては入ってこないかもしれませんが、誤解をおそれずにいうと、日本とアメリカの関係は、ヨーロッパにおけるユーロくらいの関係性を持ち得るほどのつながりのものなのです。

ユーロには、各国に中央銀行があって、ECBがあって金融政策をやっています。その方法としては、関税や制度を一本化して、ユーロ全体での経済の活性化を狙っています。同じようなことをしようとしているのが、実はこの日米同盟です。日米安保条約の第一条は、お互いの安全を保障しましょう。第二項は、自由主義の堅持、諸分野で協力することが明記されています。経済促進やお互いの交流を高めて行くもの、ということが暗黙の了解になっているのです。日米同盟は、軍事同盟ではなく、経済交流、経済促進をふくめた、一心同体の連合体ですよ、というのが書かれているものです。2国間同盟は世界で日米のみという事実も興味深いですね。

こういった経済交流・経済促進をしていくためには、それぞれの国がバラバラのスタンダードがあると、なかなか出来にくい。最近では、四半期決算になって、内部統制法が充実してアメリカのように社外取締役を入れましょう、という流れになって来ていますね。これはまさに日本がグローバルスタンダード、制度の共通言語化、ということ一つです。こういう変化の背景でどういったグローバル人材、外国人が活躍しているかというと、外資のコンサルタントですね。

日本は世界に飲み込まれてしまうのか

では、グローバルスタンダードになっていく、ということはネガティブなことなのか。私は決してネガティブだとは思いません。日本という国は貿易しなかったら、生きて行けない国です。隣国に大国の中国がいて、すぐそばで北朝鮮がにらんでいる。アメリカからすると、日本のすぐ隣のロシアにリスクを感じています。

制度が一元化され、よりアメリカ的になり、グローバル人材が日本に入って来て、経済も活発になり、真の意味での運命共同体になっていく、というのは日本がこの地理的にリスクが大きい中で、自分の身を守って行く、今の中での最善策と言えると思います。

 

高橋幸輝さま 


株式会社インシィンク代表取締役、プライスウォーターハウスクーパース㈱顧問。南カリフォルニア大学(USC)卒業。企業のブランド構築、経営戦略の立案などにも従事し、中小・ベンチャー企業から上場企業まで幅広くアドバイザーを務める。アドバイザーとして【シュウウエムラ】・【船井財産コンサルタンツ】・【ジョイントコーポレーション】・【ムトウ】などの顧問を務められた。2001年6月より「黎明の会」を開催し、毎月、政治・経済・文化などの今の時代が求めるテーマについて、その分野の第一線で活躍されている方を講師に招きディスカッションを行うサロンを運営。2016年3月に新著「 経営者のためのリベラルアーツ入門」を出版。

 

松本麻美
松本麻美
"Go Beyond Diversity" 外国人ハイスキルエンジニアとベンチャー企業をつなげることで、一人一人が情熱を思い切り追求できる世界を創ることを目指すアクティブ・コネクターを2013年5月に創業。17歳で単身渡英。ウェールズの寄宿舎での2年間の生活、カナダでの大学生活を経て、就活やインターンに明け暮れる大学院生活を送ったのち外資金融に入社。311を機に退職をし、パキスタンに渡る。その後情熱に突き動かされるままに起業。https://jp.active-connector.com/

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